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堺探訪・宿院~仁徳天皇陵まで

こんにちは!


前回は「堺探訪・清学院~妙国寺」をご紹介いたしましたが、今回は後半・宿院~仁徳天皇御陵までをご紹介します。


阪堺電車「妙国寺前」から電車に乗って、「宿院」まで来ました。


宿院の電停前には、おうどんで有名な「美々卯」さんがあります。
よくデパートのレストラン街に入っているお店ですが、ここではモダンな大きな建物を構えていらっしゃいます。

こちらで、具がたくさんはいった「かやくうどん」をいただきました。なんと言ってもおだしが美味しい!

具もあなごやおかちん(餅)が入ってるので、けっこうこれでお腹が落ち着きます(^^)


この美々卯さんの裏手に「宿院頓宮」があります。

住吉大社の御旅所で、8月1日の夏祭りの時は、住吉大社を出発したお神輿や時代行列が、大阪市と堺市の境にある大和川を渡って、この頓宮までやってきます。

この行列は、私の家の近くの商店街も通っていきますので、大変にぎやかです。

火縄銃の射撃があったり、武者列があったり、神馬の白雪号もきれいにお飾りをして行列に加わります。

堺へ渡る際、お神輿は橋を渡らず川の中を氏子さんたちにかつがれて渡ります。

そして、川の中洲で大阪市側から堺市側の氏子さんたちに引継ぎになります。

老若男女、街道をみんなでドンドコドンドコにぎやかに渡っていきます。

この模様は「住吉大社宿院頓宮」のページにある動画で見ることができますので、よかったら見てみてください♪
(8月のところです)

私たちが見に行ったときはもちろんお祭りの時ではありませんので、ひじょうに森閑と静かで、誰もいらっしゃいませんでした。ちょっと拍子抜けです。。でもきっと、お祭りの時はすごい熱気に包まれるんでしょうね。




また電車道に戻って、今度は堺の茶人・千利休の屋敷跡を見に行きました。

千利休屋敷跡_convert_20141025200921 
 

屋敷跡ですので、屋敷はありません。

ただ一つ、利休さんが使ったであろう井戸が名残に残っているだけです。

ここは何度か見に来たことがあるので私はこの雰囲気を知っていますが、お茶をやっていらっしゃる方で、遠方からいらした方は、ここに来られるとだいたい

「え、これだけ…?!」というリアクションをされます。。

そうなんです。これだけなんです。。

わびさびの世界を確立された利休さんらしい史跡です。


さて、ここを過ぎるともう後はゆっくりお茶をするところがなさそうでしたので(本当は行きたかった『かん袋』さんはこの日定休日だった…)、堺の銘菓として有名な「けし餅」をいただきに、小島屋さんのラウンジでちょっと休憩。

再びチン電に乗って、「御陵前」駅へ。

ここから歩いて数分のところに「南宗寺」があります。

南宗寺+(2)_convert_20141025195005 

戦国武将・三好長慶が父の菩提を弔うために、宿院の地に最初開いたのが始めとされていますが、大阪夏の陣(1615)で焼失してしまい、澤庵(たくあん)住職によって再興されました。

この澤庵さんはお漬物の名の由来になった方としても有名です。

おそらく昔はもっともっと広大な敷地だったと思うのですが、この南宗寺、門をくぐってからお寺に着くまでが長いんです!

門からお寺までの道 しばらく歩きます
南宗寺+(4)_convert_20141025195120 

10年ほど前に一度来たことはあったのですが、もうすっかり忘れていました。

とても静かで、緑に囲まれていて良い雰囲気です。

受付に着くと、ボランティアガイドさんがいらして、私たちを案内して下さいました。

お寺の案内、と言っても中には入らないんですね~。

このお寺の見所は境内にあるのです。そして、ミステリーツアーなのです^^;

まずは「坐雲亭」

南宗寺+(9)_convert_20141025195228 

二階建ての質素な建物ですが、1623年の7月に2代将軍・徳川秀忠が、8月には3代将軍となる家光がこの亭の二階に上がって堺の町を見渡したという記録が残っています。


1623年といえば、もう乱世が終わり世の中も落ち着き、江戸時代がスタートして20年も経っているころです。

何故そんな時にこの2人の将軍が堺の、しかも南宗寺くんだりまでやってきたのでしょうか?

境内には他にも「千家一門の供養塔」や利休さんのお師匠さんの「武野紹鴎のお墓」や、「三好一族のお墓」などもあります。

中央のちょっと大きい石塔が利休さんの供養塔
南宗寺+(11)・千家一門の供養塔_convert_20141025195414 


その、三好一族のお墓の向かいに、角の取れた丸い小さな石碑がちょこんと立っています。


なんの変哲も無い石碑ですが…
南宗寺(14)・伝家康の墓_convert_20141025200110 

ガイドさんの説明によれば、なんとこれが「徳川家康の墓碑」だというのです!


徳川家康といば、江戸幕府・初代将軍であり、先述の秀忠の父で家光の祖父になります。

そして、家康はたしか1616年に駿府城で亡くなって、その後日光東照宮に祀られているはずなんですが…。


しかし、歴史にミステリーはつきもの。


この南宗寺史によると、大阪夏の陣で茶臼山の激戦に敗れて逃げる途中の家康の駕籠を、豊臣方の後藤又兵衛が発見して行く手を塞ぎ、「中に誰が乗っているのか名を名乗れ!」と言います。

しかし、何度言っても駕籠の中からは返事がありません。

そこで又兵衛は槍でグサリっと駕籠を一突きして抜きますが、血が付いていなかったので、不審に思いながらも通したのだそうです(刺されながらも家康は、槍の穂先の血を袖でぬぐったようです。さすがは戦国武将ですね(-_-;))。

駕籠をかいていた人たちは気が気でなかったことでしょう。

とにもかくにも南宗寺まで運び入れたのですが、駕籠を開けると中の家康はすでに事切れていた…というのです。
(この時乗っていたとされる穴のあいた駕籠は、日光東照宮にあるそうです)


このことは陣を張っていた息子の秀忠にも知らされますが、総大将がやられたことが敵に知られては一大事!ということで固く口止めをされ、いったん南宗寺のお堂の下に遺体を隠すことにしたのですが、後になってどこに埋めたか分からなくなっては大変なので、無記名の石を置いて印とし、落ち着いてから東照宮へ改葬した…というのです。

ということで、先ほどの石は、お堂の下から出てきた「家康戦死仮葬墓碑」なのだそうです。


もちろんこれらは正史とは認められていないあくまでも伝説なのですが、それにしてはその後、最初に説明したように将軍2人がやってきたり、境内に「東照宮拝殿」という建物が作られたり(戦争の空襲で焼失)、その拝殿に通じるところにある「唐門」の屋根瓦には、徳川家の三つ葉葵の紋所が使われていたり…と徳川色満載なのですね~。

唐門
南宗寺+(15)・唐門_convert_20141025195721 


その「唐門」に使われている瓦には「葵の紋」が。。
南宗寺+(16)_convert_20141025195815 


なんの関係もないのに、こんなに徳川家の存在がチラホラするということは、何かあるのではないか…というのが、ガイドさんの説明であり、いつまでもこのお寺について回るナゾの所以というわけなのです。

一応、これで家康にまつわるミステリーは終わりなのですが、ところが、ここからこの徳川のお話は面白い方向へつながっていくのです。


このお寺の境内にかつてあった「東照宮拝殿」の跡に、昭和42年「東照宮跡碑」が、水戸徳川家家老の末裔・三木啓次郎氏によって建立されているのですが、この碑には有志として「松下幸之助」さんのお名前が彫り付けてあるのです。

「東照宮跡碑」
南宗寺+(17)_convert_20141025195941 




主君にあたる家康が葬られた場所かもしれない、と知った水戸藩家老の末裔である三木氏が、記念の碑を建立するわけは理解できますが、なぜ、あの松下さんが…?と思っていたら、ガイドさんの説明が始まりました。

「まだ若かった松下幸之助さんが『二股ソケット』を発明し、早速これを販売しようとしますが、なにせまだまだお金が無く駆け出しの頃だったので、仕方なく街頭で一人で販売していました。
すると、良からぬ輩が数人やってきて、幸之助さんを囲んでたかりだし非常に困っているところへ、通りがかった三木啓次郎さんという方が、輩どもを追い払い助けてくれました。
三木さんが松下さんに、一体何を売っていたのか聞いたところ、これから大変需要があるものだということが分かり、資金を出しましょうと幸之助さんに援助を申し出たのです。
これがきっかけとなって松下さんのお商売はどんどん大きくなり、今の『世界のパナソニック』と成長していくわけです。
この恩を終生忘れなかった松下さんは、三木さんが、主君に当たる水戸藩の徳川光圀の善政を世にしらしめたい、ついてはドラマを制作したい、という話を聞いた時に、真っ先にスポンサーに名乗りを上げられたそうです。
そして、出来上がったのがスポンサー一本の『ナショナル劇場・水戸黄門』だったのです!」


なんとまぁ、どこでどう人生に転機が訪れるものか分かりませんね~。


三木さんとの出会いによって、松下さんは「世界の松下」となり、三木さんの方も「水戸黄門」の強力なスポンサーがナショナルとなったことで、ご先祖の主君を国民的時代劇の主人公として、長く視聴者の記憶にとどめることに成功したわけです。
このお2人の信頼関係は終生変わることなく、それで三木氏がこの「東照宮跡碑」を建立するにあたって、有志として支援されたというわけです。


本来なら家康暗殺のミステリーも一笑に付するところですが、松下幸之助さんのお名前が出てくると、急に「もしかしたらホンマかもしれん…」と思ってしまうところは、いかにも自分が小市民である証拠かもしれません(^^ゞ


家康の件についてだいぶ紙面をさいてしまいましたが、他にもこの南宗寺は、武将であり茶人でもある古田織部好みの「枯山水の庭」が国指定の名勝となっていたり、「八方睨みの龍」が大きく天井に描かれている仏殿は、重要文化財に指定されたりと、見所満載です。

「枯山水の庭」
南宗寺+(19)_convert_20141025200240 

禅寺らしく、なんの装飾もないすっきりとした仏殿は、入るとピーンと空気が張り詰めているようで、自然と背中がしゃんとする感じです。

そして、この仏殿のどの位置に立とうが、上を見上げると大きな龍が私たちをしっかり睨んでいます。


また、境内には誰でも体験できるよう、明治4年に建てられた座禅堂があり、毎週日曜日の7時から10時まで、坐禅体験が行われています(要予約)。
ご興味のある方は、一度体験されてみてはいかがですか?


お寺の庭を拝見しているときに職員さんがやってきて、ガイドさんに閉門の時間がせまっているので、スピードアップしてくださいと言われました。

時計を見ると4時です。

まだ「仁徳天皇陵」が残っていたので、焦ります。

というのも、この御陵へ行くには南宗寺から東へ向かわないとならないのですが、これにはバスしかありません。

しかも、この路線がちょっとややこしくて、しかもメインの路線ではないので、遅くなると便数が少なくなる恐れがありました。
そして、バス停までは少々歩かなくてはなりません。

着いて時刻表を見ると、バスが来るまでまだだいぶあります。

それなら次のバス停まで歩こうとなって歩くのですが、結局そう言ってるうちに随分歩いて、もう疲れ果ててきました(*_*;

考えてみると、お昼過ぎに「小島屋」さんでお茶休憩した後は、ずっと立ち詰め歩き詰め。。

やっと路線の合流地点のバス停までやってきて、ここでバスが来るまでの時間つぶしと休憩をかねて、コンビニでちょっとコーヒーを飲みました。

日暮れてくると気温が下がってくるので、あったかいコーヒーは心と体に染み渡るようです(*^_^*)

そうこうしているうちにバスが来ました。

御陵を見る前に、念のため帰りのバスの時間をチェックしておこうということになり、着いてすぐ道路を渡って反対車線のバス停の時刻表を見たのですが、ここで2人とも愕然。。

5時以降のバスが無い。。

最終は4時57分だったと思いますが、時計を見るともう50分過ぎてる!

「お堀の周りをちょっと歩いてみる~?」などとお昼にうどんを食べながら余裕しゃくしゃくだった私たちは、「どーすんのー?!」とここで意味も無くその場駆け足^^;

バス停から御陵を見る
仁徳天皇陵+(2)_convert_20141025194859 

私はいいとしてもせっかく名古屋から来た友人は、ここであきらめたらもったいない!ダッシュで御陵の門の前まで走っていきました。
そしてまたダッシュで帰ってくる彼女の後ろから、この日最終のバスが走ってくるのが見えます!

「来たー!! 早くはやくぅー!!」

…おそらく5分あるかないかの滞在時間でした(ーー;)

しかも辺りは薄暗く、御陵の壮大なスケールを私は感じることなくバスに乗って帰ってくることになったのでした。。

帰りは南海高野線の堺東駅まで出て、そこからまたバスを乗り換えて阪堺線「大小路」駅へ向かい、そこからチン電に乗って帰ってきたのです。


というわけで、交通費は最初に購入した「堺おもてなしチケット」の480円のみ!

最後の御陵だけちょっと残念でしたが、それでも好天に恵まれ、充実した一日を満喫することができました(*^_^*)


自分が住んでいる辺りのことは、意外と知らないもんですね~。

堺のよさを再認識する良い機会になったと思います。


今回は時間が無くて行けませんでしたが、仁徳天皇陵とその皇子にあたる履中天皇陵の間にまたがる広大な敷地は「大仙公園」として整備されており、お茶室や博物館、日本庭園などがあり一日ゆっくり過ごせます。

こういった名所・旧跡を、堺市がもっと上手くPRすることができれば、多くの方々に見てもらって、また賑やかになるのになぁ。。と思った今回の探訪でした。


また、11月の半ばには南宗寺をはじめとして多くの寺社で、文化財特別公開がおこなわれます。

普段は見ることが出来ない多くの貴重な文化財を拝見する機会ですので、ご興味のある方はぜひ足を運んでみられてはいかがでしょうか(*^_^*)


最後までご覧いただき、ありがとうございました♪


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堺探訪・清学院~妙国寺まで

こんにちは!

今このブログを書いている時点では雨が降っていますが、暑くもなく寒くもない行楽シーズンがやってきましたね♪

この秋、皆さまはどちらへお出かけされるご予定ですか?


先日のブログの記事でちょっとお知らせいたしましたが、お友達とチンチン電車に乗って、堺の町を探訪してまいりました。

今回はその感想・ご報告記事です(^^)


堺市は、大阪市の南隣に位置する人口およそ84万人の都市です。

今でこそあまり目立ちませんが、中世・戦国桃山時代は日本の最先端をいく大都市であり自治体であったのです。

かの信長・秀吉・家康も一目をおくほど、堺に住む豪商たちは力を持っていたわけです。

それは、海外との貿易において莫大な富や知識を得ていたからでした。

というわけで、今でもじっくり町を歩くと、そこかしこに往時の繁栄の名残を見つけることができます。

公共交通機関で堺をめぐるには『堺おもてなしチケット』など、いくつかある一日乗降自由のフリーチケットを使うと便利です。

堺おもてなしチケット 480円で、一日まるっと使えます(^^)
堺おもてなしチケット+(2)_convert_20141020170650 

ガイドのパンフも付いています
堺おもてなしチケット_convert_20141020170213 


なかでも私たちが使用した『堺おもてなしチケット』は、阪堺電車(チンチン電車)だけでなく、南海バスにも使え、また、このチケットを提示するだけで、飲食やお土産が安くなったり、ホテルでの宿泊料や施設入場料などの割引が受けられるという、お得なサービス特典が付いています(詳しくは阪堺電車のHPで見ることができます)。

一日という限られた時間内での観光ですので、あちこち行きたいけど限りがあります。

なので、一応効率よく廻れるルートを、下記のように考えてみました♪

『清学院』⇒『鉄砲鍛冶屋敷』⇒『山口家住宅』⇒『堺伝統会館』⇒『妙国寺』⇒昼食・美々卯(うどん)⇒『宿院頓宮』⇒『千利休・屋敷跡』⇒お茶休憩・小島屋⇒『南宗寺』⇒『仁徳天皇陵』⇒帰宅


こうやって見てみると、ゆったりした観光になるな~…と余裕たっぷりに思っていたのですが、なかなかどうして!そういうわけにも行かず、最後の御陵にいたってはバスの運行時間のこともあって、滞在時間はたったの5分!という慌しい一日となってしまったのでした^^;


まずは『清学院』から。。

この机は実際に使用されていた当時のものだそうです
清学院+(4)_convert_20141020171121 

阪堺電車「高須神社駅」徒歩5分のところにある、江戸後期から明治初期の間に使われていた寺子屋です。

もともとは「山伏清学院」という名で、修験道の寺院として始まったようです。

漢訳仏典に限界を感じ、明治33年に日本人としては初めてヒマラヤを越えてチベットに入り、仏教の研鑚を積んだ河口慧海という黄檗宗の僧侶が、幼い頃ここで学んでいたそうです。

建物自体は江戸時代後期のもので、歴史的価値が高いと評価され、平成14年に国の登録有形文化財に登録されています。


『鉄砲鍛冶屋敷』は中は非公開でしたので入れませんが、堺は戦国時代頃から海外からいち早く得た知識と技を生かして、鉄砲づくりが盛んでした。

鉄砲鍛冶屋敷町_convert_20141020173723 

今はもうそんなに鉄砲自体は製造されていないと思いますが、その経験を生かして、自転車の製造、刃物やはさみなどの工芸が盛んです。
包丁に関しては世界中から有名シェフも買い求めに来るのだそうです。


そこから少し歩いて次に『山口家住宅』に向かいました。

山口家住宅+(2)_convert_20141020170958 

山口さんはいわゆる庄屋さんと言えばよいのでしょうか。

今見ても大変ご立派なお家でして、江戸時代ならなおさらだったことでしょう。

近世初期の町家を知る上で大変貴重な建物ということで、昭和41年に国の重要文化財に指定されています。

ちなみに確か13代目の方だったと思うのですが、後に国会議員になられ、当時高橋是清氏らと肩を並べて活動されたそうですが、若くして亡くなられたということで、長生きされれば後に国史にその名を残す活躍をされたかもしれません…とはガイドさんのお言葉でした。

手水鉢。枡の中に枡があるということで、「ますます」。洒落てますね~
山口家住宅_convert_20141020170818 

こんな風に、一箇所ごとにボランティアガイドさんが付いておられるのですね。

なので、いろいろお話しを聞けるのは良かったのですが、思いがけず時間を取ってしまうことにもなり、後で御陵の滞在時間が5分ということにつながっていくわけなのです…^^;


ここからちょっと歩いたところに『堺伝統産業会館』という、いわゆる堺の物産を集めたお土産屋さんがあります。

あちこちに刃物屋さんやお線香屋さん、和菓子屋さんなどが点在しているのですが、今回のように時間が限られていますと一軒ずつ廻るのが不可能になってきます。

ということで、こういう集合物産店があると、非常に助かるわけなのです♪


ここでお土産を物色した後は、『妙国寺』に向かいます。
妙国寺+(2)_convert_20141020174321 

手元にあるガイドペーパーによると『妙国寺』は元皇室勅願所とあります。

出来た当時(戦国時代)は大変大きな敷地を持つ大寺だったようですが、今は1/4ほどの大きさになっているようです。

ご立派な阿吽の仁王様がお出迎えです
妙国寺+(4)_convert_20141020174437 
妙国寺+(3)_convert_20141020174550 

そしてここで有名なのが「泣く蘇鉄」
(寺内は撮影禁止でしたので、写真が無く残念です。。)

堺は海が近い土地なので、砂が多く蘇鉄が好む地質なのだそうで、昔から蘇鉄が多く自生していたものと思われます(ガイドさん談)。

このお寺にも今でもとても大きくて立派な蘇鉄がたくさん植わっているのですが、これを見た織田信長が安土城の庭へ持って行きたいと言ったのだそうです。

異国のカンジがするこの植物を見て気に入ったのは、いかにも新し物好きな信長らしいところですが、冬場は寒くまた湖に近くてどちらかと言うと湿り気の多い地質に蘇鉄は合わなかったのでしょう。
移植された蘇鉄はだんだん元気をなくしていきます。

そして夜毎「帰りた~い。堺に帰りた~い」

と泣き出したのだそうです。
家臣たちは気味悪がります。怒った信長は泣いた蘇鉄を刀でスパリと切ったのだそうですが、その切り口から血が噴出したのだからたまりません。
さすがの信長も、この蘇鉄を妙国寺に返した…と縁起には記されています。

まだ学生だった漱石と友人の正岡子規も、堺見物に来た折に、この妙国寺の蘇鉄を見に来ていますから、いつの時代もこの蘇鉄の話しは割と有名だったのでしょう。


さて、この蘇鉄以外にもこのお寺は「土佐十一烈士切腹の場」としても有名です。

時は江戸末期、堺を守護していた土佐藩士たちと、観光に来たフランス水兵たちとの間でいさかいが起き、発砲から本格的な騒乱となり、結果フランスの水兵が11人殺傷された事件が起きました。

言葉が通じなかったということが原因の、なんとも悲しい事件なのですが、これに怒ったフランス側が賠償金と藩士たちの厳罰を求めてきます。

鎖国が破られて間もない頃の外交問題ということで、幕府の対応も大変だったと思うのですが、結果的に15万ドルの賠償金支払いと、殺傷に加担した者の内、20人の切腹を妙国寺の境内でおこなうことで決着が付いたのでした。

妙国寺の宝物資料室には、20人の名前と年齢・辞世の句が書かれた掛け物がありましたが、24~6歳くらいの若い人が多かったです。
しかも、隊長・副隊長以外は20人選ぶのも、切腹する順番もくじ引きで決めたということで、思わず「殺生やなぁ」とつぶやいてしまったのでした。。

このお話しには続きがありまして、幕府側・フランス側双方立会いの下、切腹が行われたのですが、そのあまりに凄惨な光景に、11人目の切腹を最後にフランス側から中止の申し入れがあったそうです。

残った藩士達は流刑というかたちで土佐に戻されましたが、12人目だった橋詰愛平氏は「自分が死ぬまで11人のお墓を守る」と言って、生涯を堺で過ごされたそうです。

この「土佐十一烈士」のお墓は、妙国寺の道路をはさんだ向かい側にある幼稚園の園庭の端に、木に囲まれて静かにたたずんでいました。

私たちが見に行った時、ちょうど園児たちが元気に園庭を走り回って遊んでいまして、子供たちが楽しそうに笑いながら遊ぶ姿を見て、多分藩士の皆さんも今は静かに楽しく見守っていらっしゃるんじゃないかなぁ。。と友人と話しながらお寺を後にしました。


信長や家康が使ったお寺だけに、この妙国寺には他にもいろいろな貴重な品が残されています。

戦国武将や豪商たちからの寄進の品だけでなく、皇室から下賜した物もいくつかあります。

皇太子だった大正天皇が座られた椅子もありました。

明治天皇が使われた椅子は博物館にあるそうです。

貴重な物がたくさんあるので、個人的にはもう少し立派な宝物資料館を作って、PRもして、大勢の方に見てもらったらいいのになぁ…とちょっと惜しい気もするのでした。。


この時点で私と友人はだいぶお腹が減っていました(^^ゞ

チンチン電車で「宿院」に移動し、まずはおうどんで腹ごしらえです♪

だいぶ長くなってきたので、今回はこの辺りにして、次回は後半を綴ります(^^)

南宗寺では、ガイドさんから面白いお話しを聞くことができましたので、そのことも書きたいと思います。

どうぞお楽しみに~♪


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癒しスタジアムin大阪vol.35 終了いたしました!

こんにちは!

ここ数日、管理人はちょっとバタバタしておりまして、ご報告が大変遅くなりましたが、13日に『癒しスタジアムin大阪vol.35』がなんとか終了いたしました。

癒しスタジアム_convert_20141017185910 

「なんとか」というのは、皆さまもご存知の通り、台風19号が近畿に再接近いたしまして、JR西日本・在来線も午後4時から全線ストップとなりまして、イベントを開催するにはちょっとしんどいコンディションでありました。。

それでも、何人かのお客様が私たちのブースにお越しいただき、本当にありがたいことでした。

本来は6時までだったのですが、交通機関の混乱も考慮いたしまして、今回私たちのブースは3時30分までとさせていただきました。

ちょっと残念な今回の癒しスタジアムでしたが、自然の活動にはどうすることもできませんものね。。

次回は12月21日(日)に開催予定となっております!

私たちもまた、ハワイアンアロハタロットで出店予定しておりますので、どうぞ皆さまご来場くださいませ。
お待ちしております♪
(イベントが近くなりましたら、またこのブログでお知らせいたします)


『癒しスタジアムin大阪 vol.36』
12月21日(日) 10:30~18:00 入場料お一人様500円
天満橋OMMビル2F (地下鉄谷町線・京阪電鉄 天満橋駅直結)

ご来場いただきました皆さま、ありがとうございました!

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癒しスタジアム明日です!

こんにちは!

ちょっと前にもお知らせいたしましたが、明日(10/13)、恒例の『癒しスタジアムin大阪vol.35』が、天満橋OMMビルにて開催されます!

明日は台風の接近が予想されますが、イベント自体は屋内ですので、予定通り開催されます。

天満橋の駅から直結していますので、便利な場所にありますが、ご来場のご予定を立てていらっしゃるお客様には、どうぞお気をつけてお越しくださいませ。


私はいつもどおりベオークというユニットで、アロハタロット仲間たちと出店いたします(^^)

ブースNo.151
質問1~2問(約10分)…500円
何質問でも (約15分)…1000円


ご質問は健康・金運・結婚・人間関係…だいたい何でも占うことができますが、生死に関わる内容であったり、復讐や恨みを晴らすなど、こちらが不適当だと思ったものはお断りさせていただいております。

外は台風かもしれませんが^^;、ハワイの明るく楽しいタロットで、軽やかな気持ちになってください♪

お待ちしておりまーす!


この絵のぼりがブースの目印です♪
ハワイアンタロット・うちわ+002_convert_20140604164654    


『癒しスタジアムin大阪 vol.35』
天満橋OMMビル2F
10:30~18:00  入場料お一人様500円



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堺へちょっとお出かけ♪

こんにちは!

10月になりましたね。秋の衣替えですが、まだまだ日中は暑い時期です。

着物だと一応一日から「袷」になりますが、この温度だと、汗をいっぱいかいてふーふー言うはめになりそうです。。


そんな中、先日、大阪市のお隣にある堺市へ、ちょっと用事がてら行ってきました。

せっかく来て時間もあることですし、まずは堺東駅前にある堺市役所の21階展望ロビーへ。

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エントランスのスペースにはきれいなコスモスたちがそよ風に揺れています(*^_^*)

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近くにありながら今回初めて市役所の展望ロビーに行ったのですが、360度ぐるりとあたりを見渡せるようになっていて、他に視界をさえぎるような高い建物もないので、ずっと遠くまで見ることができます。

この日はとってもお天気が良く、空気も澄んでいたので奈良の生駒山や二上山はもちろん、北西方向には六甲の山並みもよく見えました。

北面に「あべのハルカス」が見えました♪
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すぐ下には日本で一番大きなお墓 『仁徳天皇陵』 が見えます。

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日本で一番と書きましたが、ロビー内にいたボランティアガイドの方のお話によると、体積ではピラミッドや秦の始皇帝陵に及ばないけれども、面積ではずば抜けて大きいということで、世界でも最大級のお墓なのだそうです。

古代5世紀頃までは、すぐ近くまで海がきていたこともあり、少し高台になっているこの場所にこの大きなお墓を作ることによって、海外から来るお客たちに、「日本にはこんなすごいお墓を作るだけの技術と権力者がいるのだぞー」と、暗にプレッシャーをかけていたのではないか…というのが、ガイドの方のお話でした。

上から見ると、仁徳天皇陵以外にもいくつも大きな陵墓があるので、確かにそんなことを考えて作られたのかもしれません。
今は宮内庁が管理しているので、入ることはもちろん禁止されていますが、江戸時代までは花火を見るのに町民たちが勝手に出入りしていたそうで、おおらかな(?)昔が偲ばれます^^;

ところで、私の世代では「仁徳天皇陵」と習いましたが、今は歴史の授業ではそう教えないそうですね。

なぜかというと、埋葬されているのが仁徳天皇かどうか分からないからなのだそうですが、他の陵墓とは違い3重のお堀をめぐらせていることや、ずば抜けて大きいところなどをもって見ると、相当な権力者のお墓で、西暦2~300年頃の日本に、そんな支配者がいたということは疑う余地のない事実ですので、歴史好きとしては一体どんな人物だったのだろうと気になるところです。

伊勢湾台風か何かのときに墳墓の一部が壊れて、その時ここぞとばかりに考古学者たちが復旧の名目で古墳の敷地に入ったそうですが、調査の結果、一つではなく複数のお墓が確認されたそうで、大王の近親者や一族たちも埋葬されているので、こんなに大きくなったのではないかとも言われているとか。

いずれにせよ、大きな力を持った人物がいたというのは事実でしょう。うーん、古代史のロマンだわ~(*^_^*)

さて、この展望台ロビーにはカフェもあり、また、堺の伝統工芸品や歴史を紹介するビデオも上映されており、意外とゆっくりのんびり過ごせるスペースとなっていました。

お昼はここから10分ほど歩いたところにある、これまた反正天皇陵という古墳の隣にある和菓子の「江久庵」さんに行ってきました。

実はこのお店のお庭にあるお茶席「朝雲庵」は、私のお茶の先生が毎年初釜をかけるのに使っていらっしゃるところで、普段はこのお茶席には入れませんが、店内のカフェで釜飯などのご飯をいただくことができるのです。

のんびりお庭を見ながら、今回はにゅうめんをいただきました。

「朝雲庵」は、堺出身の茶人・千利休のお茶室を、遺されていた図面や資料に沿って忠実に再現したお茶室です。

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いつも来るときは1月半ばの身にしみるほど寒い時期ですので、植物たちが元気な初秋の美しいお庭は、同じ場所でもなんだか違うところのように思えました。

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杉苔もツヤツヤ~
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最後はお隣の方違神社へ。
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ちょっと変わったお名前ですが、この神社のある場所は昔の「摂津」「和泉」「河内」という国境の交わるところにありまして、どこの国にも属さない清浄な土地である、という意味があるのだそうです。

旅行や転居・転職の前にお参りすると、行った先で栄進するということで、ちょうど東京に住む私の姉の一家が引越しをしたばかりでしたので、社務所で売られているお砂を買ってきました。

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新居の玄関にまくと良いのだそうです。

近々母が行くことになっているので、良いお土産になったと思います(^^)


今回は堺のほんの一部の散策でしたが、今月半ばに親友と堺の名所めぐりをする予定にしています。

中世、戦国・安土桃山時代には日本で最先端をいっていた都市ですから、今でもあまり知られていないだけで意外と見所はあるようです。

またいずれ、そのご報告や感想をブログにアップしていければ…と思っています♪


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